新潟日報LEADERS倶楽部講演会 - 新潟日報LEADERS倶楽部2021

新潟日報LEADERS倶楽部講演会 新潟を日本海側の首都に
リーダーシップと自信で
閉塞感を打破しよう

10年目を迎えた新潟日報リーダーズ倶楽部。今年2回目の講演会も、新潟日報メディアシップ日報ホールと
インターネットでのライブ配信で開催されました。講師は、今年1月に上梓したノンフィクション
『ロッキード』が話題となっている小説家の真山仁氏。
会場では県内のリーダーたち50人が耳を傾け、インターネット上では約200人の
参加者が熱心に聞き入りました。講演の模様を紹介します。

角栄視点から見る令和の日本

小説家 真山 仁氏

初の長編ノンフィクション『ロッキード』

2018年5月から19年11月まで週刊文春に連載した『ロッキード』が1冊の本になりました。40年以上前の事件になぜ興味を持ったか、田中角栄のどこに魅力を感じたか、どこを再認識したかをお話しします。

ロッキード事件が起きたのは私が中学生の時です。突然人気が出た方は、ブームになる時と同じ勢いで落ちていくものですが、時代の寵児(ちょうじ)がこんなにも簡単に倒れるのかとショックを受けました。

事件から40年の節目に角栄ブームが起きます。石原慎太郎さんが『天才』を刊行し、NHKでドラマやドキュメンタリーが放送されました。これ以上ロッキード事件からは何も出てこないだろうと見られていました。ただ、私は小説家であり、これまでも“常識を疑う”というスタンスで書いてきました。自分なりの視点でもう一度、角栄とロッキード事件について向き合いたいと思いました。

連載にあたり、かなり取材をしました。スタッフの手も借りて200冊くらいの本に目を通し、存命の関係者には手紙や電話で取材を依頼しました。主任検事を務めた吉永祐介さんが残した資料は、遺言で資料を託されたある記者に頼みコピーを取らせていただきました。当事者が亡くなっていたり証拠がなかったりした場合は、小説家の想像力で踏み込んだ推定をしようと考えました。

取材を通して見えた「角栄さん」とは

新潟にも何度も訪れました。取材を通じて田中角栄という人を理解したかったからです。角栄さんの生家を訪れたのは18年2月の大雪の日。雪かきがされておらず、家の窓が割れていた。雪を放っておくと、その重みで窓が割れることを知り、もう過去の人なんだなと思いました。

すでに伝説の人だからこそ、生前をご存知の方々に話を聞いて、改めて人物造形をする。「扇子をパタパタ」「よっしゃよっしゃ」のような、多くの人が知っているイメージを排除することから始めました。

資料を読み、子どもの頃、吃音(きつおん)に悩んでいたことを知りました。私も吃音で苦労したので分かるのですが、頭の速度に口が追い付かないんです。角栄さんも初めての選挙ではしどろもどろだったらしいですね。雪の中でそれを内省するのはきつかっただろうな、と思います。その克服のためにも、徹底的に準備する人でした。官僚の作った答弁書を棒読みするのではなく、自分の言葉に変える。相手の目を見てしゃべる。面と向かった相手に負けないだけの努力をする。角栄さんは誰もが認める尊敬できるリーダーでした。

優れたリーダーには二通りあります。一つは自ら突撃隊長となり、やりたくないことも率先してやる豊臣秀吉型。失敗しても前に進むタイプで、ベンチャー企業の社長や企業の事業本部長にこういう人がいたら、その会社は伸びます。二つ目は突撃隊長をつくる徳川家康型。部下に任せて徹底的にやらせ、失敗しても組織が傾く直前まで介入しないタイプです。

角栄さんは秀吉型ですが、人に任せることもできた。でも信頼できる人が亡くなったり、離れていったりして、事件が起きるのを手前で止めてくれる人がいませんでした。豪快なイメージがありますが、そう見せているだけで、実はものすごく繊細。挫折に弱く気が短く、我慢できずに自分でやってしまう人でした。

そして角栄さんの時間軸は独特で、ものごとを地球規模で見ていました。ここはもっと評価されるべき点。日本のためになるなら別にアメリカにこびを売る必要はないと思っていたようです。国際政治には疎い面がありましたが、ロッキード事件をなんとか切り抜けて、彼が政治家としてもう少し影響力を残していたら、日本はもっと外国に対して物言える国になったのではないでしょうか。

田中角栄が新型ウイルス禍の総理大臣だったら

以前、秋元康さんと対談した際に、角栄さんの話術が好きだとおっしゃっていました。例え話が上手で分かりやすい。付いていこうと思わせる話術だと。「新型ウイルス禍に田中角栄が復活した小説を書いて」とも言われました。

新型ウイルス禍のこの2年、角栄さんが総理大臣だったらどうしたでしょうか。私は、ワクチンの開発は巨大企業に任せ、国産の治療薬を作るために頑張ったと思います。国益を守るため、アメリカのトランプ前大統領は、ワクチン開発で先を行くイギリスの巨大製薬会社に投資をしました。イギリスは集団免疫の獲得を目指しました。冒険ですが英断だったと思います。結果的にワクチン接種の面で日本は世界から立ち遅れてしまいました。

国民の命を守るためなら厳しい法律もつくったと思います。自分の頭で分かる、自分の言葉で理解できることで物事を判断する政治家でしたから、新型ウイルス対策として、人に会わないのが最良だとなれば外出禁止令などもつくったでしょう。国民のためだとわかったら、人が嫌がることもやる。それが政治家の大事な仕事です。

新潟に足りないものは

次の作品のロケハンで、数日前から新潟に来ていました。小説には厳密なファクトが必要なわけではないですが、リアリティーを持たせるために、実際に足を運び空気を感じることはすごく大事。今回は東京以上に新型ウイルスにピリピリしているのに驚きました。マスクをしていない人は少ないし、遅くまで酒を提供する店も皆無でした。自分の肌で感じると、資料で見聞きする以上に理解できます。

新潟の人は東京を意識しすぎているようにも感じます。角栄さんなら「新潟は日本海側の首都になりましょう」と言うでしょう。そのためには、どこかと比べるのをやめる。あるものを批判しない。新潟にしかない、独自のものを探すんです。角栄さんが政治家になった時になかったものが、今の新潟には全部あります。雪に困ることは減り、企業は増え、交通の便も良くなった。あとは目を外に向けるだけ。例えば、新潟とロシアは地理的・歴史的に交流がしやすいですから、もっと人を行き来させ、理解者を増やせば、新たな可能性が広がるのではないか。日本海側の日本の窓口として仕切るつもりでリーダーシップを取っていきましょう。

東京だけに政治を任せてはいけないと私は思います。新潟には、他にはないポテンシャルがあります。足りないのはリーダーシップと自信。日本海側から日本と世界を元気にする存在に十分なり得ると思います。

参加者の声

  • 新潟の状況から世界情勢まで、多様な視点から講演いただき、小説を読んでいるような気分になりました。面白かったです!
  • 田中元首相のパワーと繊細さが今の新潟の人たちに受け継がれているなら、新型ウイルス禍後の世界で新潟が伸びていく可能性があると感じました。
  • 新潟が東京を意識することなく、東京にないものを探す、生かすという話はハッとさせられ、共感できました。

プロフィール

真山 仁(まやま・じん)

1962年大阪府生まれ。同志社大学卒、新聞記者、フリーライターを経て2004年『ハゲタカ』でデビュー。同シリーズはドラマ・映画化され話題になった。近著に、国際謀略小説『トリガー』、再生細胞による新薬開発に斬り込む医療小説『神域(しんいき)』、選挙の裏側にスポットを当てた『当確師 十二歳の革命』など、幅広い社会問題を現代に問う作品を発表している。最新刊は、民主主義は国を豊かにし、人を幸せをするかを問う『プリンス』。